— 脱サラして「紗羅餐」を始められたと聞きますが、どんな経緯だったのですか?

 44歳の時に21年勤めた会社を早期退職して、出張専門のそば懐石屋を始めました。早期退職という制度が世の中に誕生した頃でしたので手探りではありましたが、ゆっくり考えて好きなことをしようと思いました。せっかくならそれまで扱ってきたコンピュータではなく全く別の仕事に就きたいと思い、大好きなそばにこれからの人生をかけようと思い至ったのです。サラリーマン時代からそばが好きで、出張先の信州や北陸では数多くの美味しいそばに巡り合ってきました。もともと農業に興味があったことも手伝って、畑でそばを育てるところから自分でやりたいと思うようになりました。そばというのは、昔は自分の家の庭で家族が食べられる分だけのそばを育てて収穫し、乾燥させて皮をむいて、それを石臼でひき、そばを打つ。それが、民のそばだったのです。それと同じ体験をすることが、そばを深く理解することだと思い、自分でもやってみようと思いました。

— 彗星の如く現れたそば屋さんというイメージですが、誕生の裏にはどんなご苦労があったのですか?

 私の想いを形にするためには、どこでそばを始めればいいのか、場所探しから苦労は始まりました。そばを育てて、そばを提供するところまでやろうとすると、ある程度の広い空間が必要になりますからね。今の南区の本店のすぐ近くに、昔から農機具のメーカーがあり、そば粉を作るための器具を買いに行った時に、その会社の方に私の考えを話したところ、「それなら、うちの工場の2階が空いているから使ってみるか?」と言ってくださいました。それが「紗羅餐」の誕生でした。
 そばのプラントのような空間を作らせてもらい、そこにそば好きの方をお呼びして、打ちたてのそばを料理して召し上がっていただきました。工場の2階ですし、一般の店舗とは趣が違う。ちょっと秘密基地のような雰囲気もあって、お客様はとても喜ばれました。それをあるテレビ局のディレクターが気に入ってくれて、番組で特集してくださった。そのおかげで広く知られることとなり、今に至っています。工場2階の店舗から初めて、その後、セントレア店が2005年、ミッドランド スクエア店が2007年、そしてセントラルキッチンを兼ねた南区の本店ができました。それぞれの段階でたくさん苦労はありましたが、その時々に助けてくださる方が現れて、本当にありがたかったです。

— 「紗羅餐」の誕生や活動が、うどん圏だった名古屋にそば文化を広げたと言っても過言ではないと思われますが、いかがでしょうか?

 「紗羅餐」やそば道場がきっかけで名古屋にそば文化を広がったのだとしたら、おこがましいですが、とても嬉しく思います。
 「紗羅餐」の店舗経営以外に、そば道場を開催しています。そこでは、そば好きの素人の方から、いずれはそば屋を開店したいという志の方、またすでに飲食店をやっているが自分のお店でそばを提供したいという方など、プロアマ問わずに多くのそば好きが集まってくれています。年間70講座で、180人の弟子がおりまして、今までで60から70店ほどのそば店開店を見守ってきました。そば道場をやってみて、私と同じようにリタイアしてそば屋をやりたい人、そばが好きでたまらない人など、多くの同志が集える場所ができたことは、私自身にとっても大きな宝になりました。

— ミッドランド スクエア店はどのような思いで作られたのですか?

 お客様は、入った瞬間にそのお店の事を理解されます。どんな考え方で食事を提供するお店なのか、ということですね。ミッドランド スクエア店がオープンした時は、確かに名古屋はそばの本場ではなかった。だからこそ、このお店はちょっと違うぞ、と思ってもらいたかった。味には絶対の自信があったので、お店の内装には和モダンをテーマに質感にこだわりました。木材をダイナミックに使い、創作家具を置きました。カウンターに使われている木材は、アフリカ産のブビンガという珍しい材で、直径2mの丸太買いしたものです。江戸のそば屋とは違うぞ、という期待感を持っていただきたいと思って作ったお店です。

— 「紗羅餐」で、より美味しくそばを食べるコツを教えてください。

 ミッドランド スクエア店はおかげさまで繁盛店として忙しくしております。特にお昼などは時間の制限もありますので、スタッフに話しかけることにご遠慮されるお客様もいらっしゃるかと思いますが、せっかくですので、どんどん話しかけていただきたい。夜ご来店されて、おつまみを頼まれ、最後にそばをオーダーされるのなら、自分がそばを食べたいタイミングをスタッフに細かくお伝えください。お客様が召し上がる様子を見て、もっとも良いジャストタイミングで提供できるようにいたします。そばは、時間との勝負です。美味しく食べるには、スタッフを味方につけていただくのが一番だと思います。ご自分の好みも含めて、たくさん会話して楽しんでいただけたらと思います。

Profile

サラザン株式会社 代表取締役

服部 隆さん

Takashi Hattori

「紗羅餐」を愛知県内に4店舗構え、さらに名古屋市内でそば打ち教室・丸の内道場を主宰する。毎朝6時には名古屋市南区にある本店に出社し、8時まで2時間しっかりそば打ちをし、経営者としてだけでなく、そば職人としても現役を続けている。そば店経営、そば職人、そば教室の講師、そば店開業の指導と、いくつもの顔を持つが、その心根には「そばが好き人が好き」を信条にした、そばへの純粋な想いがある。