— ファッションの歴史に、スポーツはどう関わってきたのでしょうか?

 ファッションはかつて特権階級だけが楽しむものでしたが、19世紀から20世紀にかけて一気に民主化しました。宮殿の中でおしゃれを楽しんでいた貴族たちが、馬に乗るようになり、やがて旅に出るようになります。そのアクティビティはまさにスポーツそのものだった。車が走り出した頃、車で出かける行為はスポーツだったと思うのですよ。体を動かして遊ぶことは、きっとすべてスポーツだったんですね。だから自然にファッションにも機能性が求められるようになっていったのだと思います。競技をするようになったのは、少し時代が後になってからですね。
 ファッション民主化の時代を描いたスポーツの映画で、『炎のランナー』(※1)がありました。登場人物のスポーツウェアがとてもおしゃれで、公開当時の1980年前半には社会的にインパクトを与えました。スポーツでこんなにおしゃれができる!という気づきが、ファッション界に大きなインパクトだったのです。

— 素材とテクノロジーの進化が、スポーツウェアとファッションに与えた影響は?

 有名メゾンの幾つかは、もともとはスポーツウェアを作っていたことからもわかりますが、そもそもスポーツウェアはファッションにかなり前からありました。21世紀に入ってから、ファッションはトレンドからスタイルの時代へ、フォルムではなく素材の時代へと移り変わっていきます。特に素材に関しては、伝統的なものを大切にする動きと、化学的な合成繊維の進化が大きな動きとして挙げられます。バイオテクノロジーが入り、どんどん進化しています。そして、それら異素材の組み合わせによって生まれた機能性の高いスポーツウェアを、ファッションに応用することは、もう当たり前の時代ですね。各コレクションでは毎シーズン、スポーツの機能性の要素を取り入れた作品が発表されています。中でもゴープコア(※2)が注目を浴びていますね。日常着のまま、いつなんどきでも、サバイバルできるという価値観は、まさに21世紀が生み出したものなのかもしれませんし、素材とテクノロジーの進化によって生まれたものだと言えるでしょう。

— 生駒さんのスポーツ大会との関わりは?

 世界中から注目されている夏の東京でのスポーツ大会では、ファッションに関係した役割をいくつが持っています。世界中のブランドでエシカルやSDGsの考え方が叫ばれていて、作り手も買い手も有用なものを、という動きの中で、ユニフォーム関係で携わっています。そこで大切にしたのは「伝統と革新」です。個人的には、メダルを運ぶ役割の人のユニフォームに是非注目していただきたいですね。

※1:炎のランナー
1981年公開のイギリス映画で、第54回アカデミー作品賞と衣装デザイン賞を獲得。1924年のパリオリンピックに出場した実在のランナーを描いた映画で、スポーツが特権階級のものだった時代の紳士淑女のダンディズムとファッションをも描き出していることで当時話題になった。ダイアナ元妃と一緒に事故死したドディ・アルファイド氏がプロデュースしたことで知られる。

※ゴープコア
アウトドアで着るアウターを街着としても活用すること。GORPとは、Good Old Raisins and Peanutsの頭文字をとった造語で、ナッツやフルーツをミックスした栄養価の高いスナックのことを指し、ハイキングなどアウトドアで過ごす時の必須アイテムであることから名付けられた。

Profile

ファッションジャーナリスト

生駒芳子さん

Yoshiko Ikoma

VOGUE、ELLEの副編集長を経て、2004年にマリ・クレール日本版の編集長に就任。2008年には独立し、ファッション、アート、ライフスタイルを核に、エシカルや社会貢献などをキーワードにした活動を行う。内閣府や経済産業省などのビッグプロジェクトを始め、伝統工芸やアートにまつわるプロジェクトを主宰し、三重県みえ産業振興戦略のアドバイザリーボード、三重テラス クリエイティブディレクターなど東海地区に関わる要職にも就いている。