— 田窪さんが英国通になった理由は?

 バックパッカーで世界中を旅した大学時代を経て、英国のヴァージン・アトランティック航空に就職しました。1988年に日本支社ができ、翌年にはロンドン-成田線が運航開始されたのですが、私はその当時に新卒採用されました。女性ばかりの採用で、男性は私ひとりだけでしたね。
 まずはリザベーションでの業務からはじまり、その後、営業やマーケティングやPRを担当、代表であるリチャード・ブランソン氏からも多くを学びました。そこで見たのは英国のアッパークラスのライフスタイルです。彼らはなぜサヴィル・ロウでスーツを仕立てるのか、なぜシガーを嗜むのか、食事は、車は……アッパークラスの乗客達と触れ合ううちに、決して“お洒落だから”、“格好いいから”、という理由でそれらを選択していないことが理解できました。そして同社で10年間みっちり、英国文化を学んだ後、独立をしたのです。

— 独立されて、何を始めたのですか?

 現在のヴァルカナイズ・ロンドンの礎とでもいいましょうか、グローブ・トロッターの日本における代理店を立ち上げました。そして、2001年には英国グローブ・トロッター社の本社の副社長に。2002年10月、青山・骨董通りに「ヴァルカナイズ」という英国ブランドの複合ショップをスタートさせました。当時はグローブ・トロッターとマッキントッシュだけの扱いでしたが、次々に英国ブランドを揃えていき、2009年、現在の地に「ヴァルカナイズ・ロンドン」として完成。名古屋店は、2007年ミッドランドスクエアグランドオープンのタイミングで3階に出店しました。この3階は、他店ふくめて、本当に稀有な存在ですね。日本全国見渡しても、こんな面白い店揃えのフロアはないですよ。

— ヴァルカナイズ・ロンドンとは?

 英国の伝統的なものと、最旬のものが同時に触れられるのが「ヴァルカナイズ・ロンドン」の魅力だと考えます。グローブ・トロッター、スマイソン、フォックス・アンブレラ、ターンブル&アッサーなどクラシックなものと、日本初上陸の新進気鋭ブランドを揃える店は希少ですよね。
 また現在、新たな取り組みとしてD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマ)をスタートしました。我々のオンラインで展開するD2Cがユニークなのは英国の現地価格で買えるということです。ヴァルカナイズ・ロンドンのサイトを通して、現地の旬なものを直接お買い求めいただけます。ただ海外通販に不安を持つ方も少なくないと思いますので、不良品の対応や修理などのアフターサービスは我々の実店舗で請け負います。ですから、安心して旬な英国を体感していただけると思います。

— いつから映画007ファンになられたのですか?

 初めて観た映画007は、子供のころの「007/死ぬのは奴らだ(1973年公開)」でした。そのときは単に、怖いなと思うだけでしたが、その後、「007/私を愛したスパイ(1977年公開)」を観て、格好いい、面白いな、と感じるようになりました。また、車好きでしたから、ロータス・エスプリにワクワクした記憶もあります。ただし、英国で暮らすはるか以前に観たので、当時は単純にアクション映画として楽しんでいました。

— そこから、書籍を出版されるほどのフリークになられた映画007の魅力とは?

 ヴァージン・アトランティック航空時代の経験やロンドン生活を通して映画007を観ると、これまでの理解が間違っていたことに気づきました。たとえばボンドの台詞にはダブルミーニングが込められていることが多いのですが、それはテロップでは理解できません。
 ひとつ例を挙げるならば、「007/カジノ・ロワイヤル(2006年公開)」。モンテネグロへ向かう列車のなか、資金係としてイギリスの財務省から派遣されてきた知的かつ妖艶なボンドガール・ヴェスパーと食事をするシーンがあり、ボンドとヴェスパーは読心術の攻防戦となります。
 「私はカッコいいそのお尻より、国のお金を見てるわ。それで、ラム肉どうだった?」と聞くと、ボンドは「Skewered」と答えます。本来この英単語は「串に刺す」という意味で使われますので、テロップでは単に「串に刺されたラム肉だった」とクールに答えただけのように表現されています。が、実はボンドは「あなたにハートを打ち抜かれた」という意味で艶っぽくこの言葉を発しているのです。こういった台詞の深みまで理解するようになって、さらに映画007に魅了されていきました。

— ジェームズ・ボンドが格好いい理由は?

 たくさんありすぎて困ります(笑)。ボンドは英国紳士らしく、車、服、飲食、女性と男性が愛するもの、すべてに最高のものを手にしています。でも生粋の英国紳士ではありません。イアン・フレミングの原作では父はスコットランド人、母はスイス人の設定になっていて、オックスフォード大学を卒業後、英国海軍予備員の中佐となったとあります。ボンドは確かに名門校を出ていますが、タイをウインザーノットで締めるのが嫌いだったり、紅茶まで嫌いだったり、靴もスリップオン(ヒモなし靴)を愛用する点からも、英国紳士像とはかけ離れています。そんなどこかしら陰を感じさせるところも魅力を倍増させるのです。

— やんちゃで、陰のある、英国紳士ということですね?

 そう、ちょいワルではなく、ちょい真面目な。(笑)ボンドはスーツで戦いますが、戦闘を終えるとシャツの袖の乱れを必ず直します。フィッティングにかなりこだわっていることの典型です。
 また、どんなに高価なものでも道具として考えている点にも憧れます。高級ホテルのスイートルームに入ると鍵をポンと投げたり、カジノで高額なコインを投げたり、アストンマーティンを無造作に扱ったり。『スカイフォール』では、仲間のQが、それらスパイアイテムをボンドに貸し出す際に「please return the equipment in one piece(無事にひとかたまりで戻して下さいね)」という皮肉を言うシーンもありますね。やりたいけれど、できない、そんな男の憧れがボンドの仕草や行動にあるのです。

— 歴代のボンドで一番お好きな役者は誰ですか?

 ロジャー・ムーアの明るく、お洒落なボンドも好きですが、ダニエル・クレイグが演じるボンドが一番好きです。ちなみにグローブ・トロッターが、「007/スカイフォール(2012年)」から映画のオフィシャルパートナーを務めているため、ロンドンのアルバートホールで開催されたワールドプレミアに招かれ、ボックス席で鑑賞しました。撮影現場でダニエル・クレイグとも対面したことがあります。その際、ダニエルにも「一番好きな歴代ボンドは誰?」と聞いたところ、彼は「もちろん俺だ」と答えてくれましたよ。(笑)

— そして、ようやく新作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」公開となりますが、見どころは?

 残念ながら、今回はまだ観ていないのです(9月中旬取材)。コロナ禍のなか、この新作では一切の試写会が中止されてしまったのです。
 でも今回、ダニエル「ボンド」がフィナーレを迎えます。「007/スカイフォール(2012年)」から10年近くが経ち、やっぱり肉体を維持していくのは大変なことだと思います。だからこそ、彼の集大成が観たい、と強く願います。グランドフィナーレは美しくあってほしいし、やっぱりダニエル「ボンド」はいつまでも憧れでいてほしいですよね。

— 「ノー・タイム・トゥ・ダイ」でもグローブ・トロッターは使われているのですか?

 そうです!グローブ・トロッターが、オフィシャルパートナーとして映画007に迎え入れられたのは「007/スカイフォール(2012年)」からですが、それは、私自身が副社長としてかなえた夢でもあります。英国を代表するブランドとして大切に扱ってくれて、嬉しいことにダニエル自身も愛用してくれています。
 また今回の最新作では、グローブ・トロッターに加え、我々が取り扱う新たなブランドが使用されています。それがN.ピールというニットブランドです。両肩には英国ミリタリーウエアに着想を得たキャンバスパッチや、英国海軍に所属するボンドに合わせてボートネックなどのマリンテイストが加えられたウール×カシミアのものです。それがそのままレプリカとして3階のヴァルカナイズ・ロンドンでは販売されますので、是非ご来店下さい。
 映画007の関連アイテムは、ミッドランド シネマとミッドランドスクエア1階にも展示される予定ですので、007ファン必見ですよ!!

Profile

BLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)株式会社
代表取締役社長

田窪 寿保さん

Toshiyasu Takubo

3F VULCANIZE LONDON

1966年東京都生まれ。青山学院大学大学院国際経営学修士(MBA)修了。現在は、BLBG株式会社の代表取締役CEO。2020年10月にオープンした新事業のリテイルテイメント型複合施設「THE PLAYHOUSE(ザ・プレイハウス)」をはじめ、英国王室愛用のラグジュアリーブランドを取り揃えるアーケードショップ「VULCANIZE LONDON(ヴァルカナイズ・ロンドン)」を全国に展開。また、自他共に認める英国通であり、ジェームズ・ボンド通。著書に『ジェームズ・ボンド 仕事の流儀』、『ジェームズ・ボンド 「本物の男」25の金言』(ともに講談社)など。

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