自身のサッカー経験を次世代にバトンタッチ

夏空に映える爽やかなブルーのスーツを、さりげなく着こなす長身の楢﨑さん。その姿はまるでモデルのようでもあり、独特のオーラを放っています。思わず「お会いできて光栄です」と声をかけたところ、さっと顔を赤らめ、はにかんだ笑顔で「ありがとうございます」と答えてくださいました。わたしたちが勝手に思い描く、アピール力の強いサッカー選手のイメージとは違い、物腰の柔らかな佇まいと静かな語り口調が楢﨑さんの特徴。ゴールキーパー(以下GK)という職人的な専門職であったことが関係しているのでしょうか。「日本では、サッカーの花形はゴールを決めるポジションだと思われているところがありますが、ヨーロッパでは GKが花形のポジションなんです。足の技だけでなく上半身の動きも幅広く求められ、身体能力とメンタルの両方が強くないといけないから」サッカーへの思いを語りだすと、自然に熱が入ります。守り続ける職業であるGKの専門性が、楢﨑さんの雰囲気を創り出したのかもしれません。「日本サッカー協会には、GKの養成プロジェクトがありますが、わたしは名古屋グランパスでそうした動きをしていきたい。日本でGKになりたい!という子供たちを育てていきたいんです」自分の経験を次世代に還元していきたいと願う楢﨑さんは、今シーズンからその種まきを始めます。

世界に出ていく選手のために名古屋にサッカー場を増やしたい

奈良県出身で、横浜フリューゲルスに加入し、1999年に名古屋グランパスに移籍して以来、約20年を名古屋で過ごしている楢﨑さん。「気づいたら、人生で一番長く名古屋に住んでいます。名古屋は住むにも子育てをするにも良いところですよね」と笑います。「何より思い出深いのは、2010年のJ1リーグ優勝の時のこと。久屋大通で優勝報告会を行った時は、栄の真ん中で市民の皆さんと一緒に喜びを分かち合えている感じがして、本当に嬉しかったです。名古屋の思い出といえば真っ先にあのシーンが浮かんできます」自分からは言及していませんが、この年は楢﨑さんがGK初のJリーグMVPを獲得した年でもあります。愛着のある名古屋に望むことは?と質問すると「サッカー場を作って欲しいです。私の息子がサッカーをしているのですが、市内に住んで市内のサッカーチームに所属していても、練習するために豊田や知多まで行かなくてはいけない。親にとっても子供にとっても負担が大きい。市内で練習できる環境を整えてほしいです」サッカーの裾野を広げたいという楢﨑さんの強い思いが返ってきました。

ミッドランドは妻とのデートスポット

ミッドランド スクエアのお気に入りを楢﨑さんに聞いてみました。「名古屋駅前なので、遠方からの人と会うのにとても便利ですし、ショッピングにも映画にもよく出掛けます。エノテーカ ピンキオーリは2012年に『メンズクラブ』とのタイアップページで撮影した思い出の場所。一番よく行くのは地下1階かな。ピエール マルコリーニ、ディーン&デルーカ、サロン・ド・モンシェールでは堂島ロールを買うのに並んだことも」楢﨑さんがスイーツを買う姿はなかなか想像しにくいのですが、それもそのはず、奥様がいつも一緒なのだとか。選手時代は楢﨑さんの健康を食と生活で支え、今はサッカーをしている息子さんとともに家族みんなのための料理をする奥様。「現役時代は怪我を抱えていましたから、日によって痛みが強くなる時は憂鬱でしたし、眠れないこともあった。それを支えてくれた妻には感謝しています」だからこそ、これからの人生の目標は?と質問すると「健康であれば何も望まない!」と潔い答えが。繊細で思慮深い楢﨑さんだったからこそ成し遂げたいくつもの実績と経験をもとに、新たなサッカー人生がこれから芽を出し、花を咲かせるに違いありません。サッカー少年に戻ったかのようなピュアな心のまま、楢﨑さんは次の一歩を踏み出しました。


名古屋グランパス クラブスペシャルフェロー


楢﨑正剛さん


Seigo Narazaki


日本代表としてW杯に4大会連続出場し、J1リーグでは歴代最多となる631試合のピッチに立ってきた偉大なるゴールキーパー。2018年シーズンで引退することを2019年1月に発表。名古屋グランパスにて、新たな役職であるクラブスペシャルフェローに就任した。今季より、日本のサッカー、特にゴールキーパーの教育養成に力を注ぐ。