家業から企業へ感動を与えられる食空間へ

祖を遡れば明治28年、上質な牛肉の食事処として、味にうるさい江戸っ子をうならせてきた今半。ひいひいおじいさんが牛鍋屋を開業し、父が人形町今半を設立しました。現社長の髙岡さんは、今半としては5代目、人形町今半としては2代目であり、子供の頃から家業を継ぐものとして育てられたと言います。
子供の頃から美味しいものを学ぶべきという考えで、よく外食に連れていかれたのだそうです。「印象的だったのは、軽井沢万平ホテルで食べた鶏のクリームホイル焼き。サービスのかっこよさ、この世のものとは思えない美味しさ、雰囲気すべてに圧倒的に感動しました」と髙岡さんは懐かしそうに語ります。「時代の流れとチャンスをつかんで、店が大きくなった頃、私は入社しました。それまでは家業でしたが、ちょうど企業へと変換するタイミングでした」
両親の食に関する英才教育は、髙岡さんの経営にも影響を及ぼしました。「牛肉の質はもちろん、仲居の調理技術や立ち居振舞まですべてが味のうち。人形町今半では、スタッフ教育を重要視し、モチベーションが上がる環境を作っています」。人こそ最大の財産であるという考え方が、今の人形町今半を創り上げていると言っても過言ではないでしょう。

“世界のトヨタ”のビルへの出店 人形町今半の新しい挑戦

人形町今半の牛肉は、仕入れ担当者の厳しい審美眼によって選ばれています。何より牛肉の仕入れが大切で、代々、目利きの技術が社内で受け継がれており、現在は3代目の仕入れ担当者が毎週芝浦で行われる競りで仕入れています。もちろん名古屋店にも、この上質な肉がやってきます。
東京都内で店舗展開してきた人形町今半にとって、名古屋出店は初めての地方での挑戦でした。「世界に誇るトヨタのビルという立地に注目しました。トップ企業のお膝元での店舗展開は、会社のブランディングにつながると感じました」と髙岡さん。
肉の仕入れに重きを置きつつ、店の風格を守り、新たな展開に挑戦する人形町今半。老舗の上着を着ながら、革新という名のシャツをまとうブランディングの成功事例ではないでしょうか。

株式会社人形町今半 代表取締役社長
髙岡慎一郎さん
Shinichiro Takaoka

人形町今半の創業者である先代社長の長男として生まれ、小さい頃から帝王学を学ぶ。大学卒業後、コンピュータ関連企業に就職するも、3年半後、27歳の時に父の希望で人形町今半に入社。仕入れ・弁当営業などを経験し、店長、総支配人、常務を経て、43歳の時に代表取締役に就任。老舗の味を守りながらも、別業態である喜扇亭など飲食における多角化を目指す。