— デザインエンジニアとは聞きなれない肩書きのように思えます。どのようなお仕事なのでしょうか?

言葉通り、私は、工学分野における技術者であり、アートやデザインも手掛ける。「デザインエンジニア」は肩書きとして自分で付けました。
 この両者はまるでかけ離れているように思えるでしょうか? でも、私に言わせるとほぼ一緒、というか本質的に同じ目的のために存在しているんです。それは有形・無形を問わずに「よりよいモノをつくる」ということ。
 エンジニアリングとは、つまり工学ですから、その思考は自然や物理の法則に基づいています。機械工学、電子工学、土木建築工学……その内容はとても複雑で難解なため、細分化されています。一方、デザインの世界は物理的な制約を受けることはありませんし、工学ほど細かく分かれていません。(見て)美しい、(使って)心地よい、楽しいなど人の感情や記憶力、想像力にはたらきかけるのがデザインです。つまり、とても自由で際限がない。このように、アプローチこそ違っていても、めざすゴールは「より良いものをつくる」という点で共通しているんです。

取材に伺ったのは、東京大学先端科技術研究センターにある吉本さんの研究室。無駄なものはなにもなく、整然としているものの、どこかに人の気配を感じさせる不思議な雰囲気。

— 自然界の法則を理解した上でアートを作るメリットと、自由な発想で工学の枠を超えるメリットがあるわけですね?デザイン的な思考とエンジニアリング的な思考が組み合わさることでどのようなアウトプットが生み出されるのですか?

 例を挙げますと、いままったく新しいシステムのドローンを開発しているんです。工学的には、どうすれば効率性を上げられるかという点にまず注力しますよね。より小さく、より遠くへ、より速く、など。でもデザインという視点では、たとえば、ドローンがエンターテイメント領域で活躍するには何が必要か、などと考えます。つまり、機能の向上という視点ではなかなか見えてこない新しいゴールを大胆に、かつ実現可能な発想で描きだし、そこに向かう道筋を考える、それがデザインエンジニアという領域だといえるでしょう。

2016年にはドバイにある世界で最も高いビル、「ブリジュ・ハリファ」のファサードに映し出される映像作品を手がけた。
2019年にはスイスで開催された高級時計のフェアで、エルメスの展示空間をデザイン。太陽光電池のセルを使って直径3.5mの地球をテーマにした作品を制作。その後、London Design Festivalで行われた個展で同作品が再展示された。
2021年、高野山の宿坊「恵光院」の壁面に真言密教の瞑想法に着想を得たアート「月輪(がちりん)」を制作。金沢の金箔をふんだんに使い、それが光に浮かび上がるような表現。

— さきほどから静かに揺れている……こちらが吉本さんのデビュー作である「INAHO」ですね。

 これは2013年からスタートした「LEXUS DESIGN AWARD」の初代受賞作となったものです。私は東京大学で航空宇宙工学を研究したあと、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートで博士課程を修了しましたが、当時取り組んでいた論文のテーマが“パルスとリズム”でした。振動や、繰り返し反復する運動をデザインの要素として取り入れるという研究テーマと、その年の「LEXUS DESIGN AWARD」のテーマであった“モーション”がピタリとハマって生まれたのがこの作品「INAHO」です。その名の通り、稲穂をイメージしてつくりました。人がそばを通るとセンサーが感知し、カーボンファイバーチューブでつくられた茎が揺れ始め、先端の穂が光り始めます。

2013年からスタートした国際デザインコンペティション「LEXUS DESIGN AWARD」にて初代受賞者となった吉本英樹さんの受賞作がこの「INAHO」。人が近くを通るとセンサーが感知し、穂が揺れ、光り始める。

— こうして揺れているのを見ると、まるで田んぼのなかに立っているような心持ちになります。風に吹かれた黄金の稲穂をぼんやりと眺めているような……。

 誰しもが心のなかにもっている田園風景や、夏の終わりの一日を想起させますよね。この「INAHO」が個人の原体験や思い出と結びつくことで、作品の本体が表現する以上のポテンシャルを引き出してくれるのではないでしょうか。

— アートだけではなく、2019年秋にはミッドランドスクエアのヴァルカナイズ・ロンドンでも取り扱いのあった「グローブ・トロッター」の新コレクションも制作されましたね。

 “宇宙旅行時代のスーツケース”をコンセプトに、東レ・カーボンマジック社の技術協力のもと、高強度・高弾力・高耐久・超軽量を備えた世界特許申請素材を採用した 「AERO(エアロ)」コレクションに携わりました。ブランド初の4輪トラベルケースという課題もあり、テクニカルな部分での試行錯誤もありましたが、120年変えてこなかったことを変える、というブランドにとってのイノベーションに立ち会えたことがとても嬉しかったですね。100年後には定番になってくれたらうれしいです。

— そして、今年のクリスマス・インスタレーションはどのようなものになるのでしょうか?

 まずイメージとして浮かんだのは、クリスマスが終わった途端に運び出され、廃棄されてしまうクリスマスツリーの姿です。山から切り出された大きなもみの木も、華麗な装飾も、一夜明けたらゴミとして片付けられてしまうのはとても切ないですよね。今回は、クリスマスが終わってもなんらかのカタチで残しておける、サステナブルなクリスマスツリーが作りたい。そう考えました。

— このスケッチは……ジャングルジムのようにも見えます。

 そう、なつかしいですよね。まさにジャングルジムをイメージしました。具体的には、45㎝四方の鉄パイプで組む立方体を規則的に組み上げます。最後にホワイトクリスマスを想像して、真っ白に塗装し、シンプルにしてモダンなクリスマスツリーを形成しました。

— なるほど。そして実際に終了後、リユースされる予定なのですか?

 終了後はいくつかに分割され、名古屋市内の複数の保育園や幼稚園に設置されることになりました。そして、ツリーに吊り下げられる発光体のオーナメントはクリスマス後に照明器具として再活用する構想です。祝祭と幸福の象徴とも言えるクリスマスツリーが街のどこかにカタチを変えて残り続ける……新しい形に生まれ変わって楽しんでいただける……それは想像するだけで心弾むツリーになりそうです。2022年のクリスマスという刹那の記憶にとどまらない、永続性のあるものがつくれたらうれしいですね。

— このツリーを目にした人や、このツリーの近くで思い出をつくった人々が、その後もこのツリーに触れる機会があるとはすばらしいことですね。記憶も立体的になるし、折に触れて思い出すこともできそうです。

 私は自分の会社に「Tangent」と名付けています。タンジェントというのは、英語では“接線”という意味。接する、触れるということを、私は大切に考えています。たとえば平面に球体を置いたとき、その触れあっている箇所はほんの一点だけですよね。それは決して互いを侵さないし、かといって離れているわけではない。私たちがつくる作品もそんな風に人の心にそっと触れて、その後もじんわりと効くような、ひとつの接点をつくれたら……いつもそんな風に願っています。

— いまは生活の拠点を東京とロンドンの2か所に置いていらっしゃるのですね。

 ここ数年のパンデミックによりリモートでの勤務形態が一般的になりました。世界のどこにいても変わらずに仕事ができるのはありがたいことです。考えてみれば、私のテーマはふたつの世界をつなぐように1本の接線を引く、数学でいうところの共通接線を引くことなのかもしれません。日本とイギリス、エンジニアリングとデザイン、テクノロジーとエモーション……一見、離れてみえる両者が接点をもつことで、また新しい境地に至ることができるのです。この「ミッドランドスクエア」のクリスマス・インスタレーションも、誰かと誰かがそっと寄り添えるような接点になれたら、これほどうれしいことはありません。

Profile

デザインエンジニア
TANGENT 創業者

吉本 英樹さん

Hideki Yoshimoto

1985年和歌山県生まれ。2010年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。2016年英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程修了。デザイン工学博士。2015年にデザインエンジニアリングスタジオ〈Tangent〉設立。デザインとテクノロジーを融合させる手法でさまざまな作品を発表し、世界的ラグジュアリーブランドにも多くのデザインを提供。「LEXUS DESIGN AWARD 2013」をはじめ数々の賞を受賞するなど国際的にも高く評価されている。2020年、東京大学・先端科学技術研究センター特任准教授に着任し、ロンドンと東京をベースにさらに活動の幅を広げる。

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