— フランス料理を志したきっかけは?

実家が長崎で寿司屋を営んでおり、親戚も兄弟もみな料理人です。食べものを粗末にしない環境に育ち、おいしいものに触れる機会も多かったですね。子どもの頃は忙しく働く両親を見て、寿司屋だけは絶対に嫌だ!と思っていましたが、いつの間にかジャンルは違えど同じ料理の道に進んでいました。
 ホテルニューオータニ大阪でフランス料理の修業を開始し、4年目にフレンチの大御所、上柿元勝シェフが指揮するハウステンボスホテルズのメインダイニングに移りました。当初は鍋磨きしか仕事がなく、毎日辞めたいと思う日々。でもそこでシェフの作るものが本当においしくて、この素晴らしい技術を必ず習得したい、この料理を自分も作れるようになりたい、という一心で憧れの味を追いかけて、7年半にわたり腕を磨きました。

— その後、シェフ業と並行して、活動の幅を広げられたのは何故ですか?

 ロテルド比叡でシェフに就任する際、前任のフランス人シェフが地元マダムを対象に開催していた料理教室を引き継いだのが始まりです。それまで料理人は厨房で黙々と料理だけ作れば良いと考えていたのですが、そうではないことに気づきました。
 フランス料理ってお客様のネガティブイメージが強いんです。「ドレスコードあるの?」「ワインの選び方は?」「子どもは大丈夫?」と。そういう格式の高い正統派フレンチばかりでなく、肩肘張らずに普段着で楽しんでもらえるフレンチも提供し、ファンの裾野を広げていかなければと思うようになりました。一口にフランス料理と言っても、もっと自由でもっと多様なんですよ、鍋ひとつで簡単にできますよ、とお伝えしたくてYouTubeで料理番組も配信しています。

電源コンセント完備のカウンター席。テーブルを割って伸びる観葉植物など、随所に酒井シェフならではのエスプリとユーモアが香る

— ミッドランドスクエアに出店の経緯は?

 コロナ禍の今だからこそできることがあるのではないかと決心しました。出店にあたっていつも考えるのは、エリアに必要とされる店でありたいということ。名古屋の中心地の商業施設ですから、プライベートな隠れ家「サロン イナシュヴェ」や、こぢんまりした立ち飲みフレンチ「ラ クロワゼ」とは、お客様もニーズも当然違います。その立地のニーズ、そして時代のニーズにきちんと応えようと、まったく新しいスタイルの“SDGsなビストロ”をコンセプトにしました。

—“SDGsなビストロ”とはどういう内容でしょうか?

 フードロスを極力減らすために、メインメニューをスープにしています。肉や魚の骨、野菜の切れ端も余す所なく煮出して、素材の持ち味を存分に引き出せますし、コロナ禍の黙食にもおすすめです。そのほか、環境にも配慮したこだわりの食材をいくつも用いて、これからの時代にふさわしいサスティナブルなビストロをめざしています。

— メインメニューのスープはどのような種類が?

 旬の野菜、肉、魚を丁寧に煮込んだ、メインディッシュとしてご満足いただける具だくさんのスープです。たとえば今の季節は、クラムチャウダー、あいちひめポークのボルシチ、黄金コンソメとあいち鴨団子、エビココナッツカレーの4種類。和洋中エスニックの多国籍なテイストで、夏には冷製スープも加わりますよ。人気メニューの「SDGsスープセット」は、この4種類のスープからお好きな2種類と、主食をごはん、パン、ヌードルの3種類からひとつお選びいただけます。

— スープ以外のおすすめを教えてください。

 「アフタヌーンティーセット」は、オープン間もなくからコスパが良いと大好評です。また、前菜、魚料理、肉料理、パスタ、デセールの5カテゴリーにある数々のメニューから、ランチは2皿~5皿、ディナーは3皿~5皿を、自由に組み合わせて選べる「プリフィックスコース料理」がおすすめ。エスカルゴ、ロッシーニ、クレープシュゼットなどのクラシックな本格フレンチも、リーズナブルに召し上がれます。パリジャンのようにワイン1杯からでもお楽しみください。

スープ2種、サラダ、選べる主食、ティーの「SDGsスープセット」(左)、カレーかハンバーガーが選べ3段重が豪華な「アフタヌーンティー」(右)

— ところで、そもそもSDGsに関心を持たれたきっかけは?

 2000年に初めてシェフになった時から、フードマイレージを減らす地産地消にこだわったり、開発途上国のフェアトレード製品を選んだり、現在のSDGsにつながることを実践してきました。フランス料理はかつて植民地から希少な原材料を搾取してきた歴史があり、そうした背景を理解したうえで、コーヒーでもチョコレートでもフェアトレードによって生産者が幸せであってほしいと願っています。
 その幸せな食材が料理になって、食べる人の幸せにつながれば良いなと。もっとも、お客様にはそういう想いを声高に言うよりも、一番大事なのは料理がおいしいこと。まず何よりも「おいしい」を基本に、料理人は技術を磨き知恵を絞っていく必要がありますね。

— どのようなお客様を想定し、どのようなお店にしたいですか?

 お友達でもカップルでもカジュアルな雰囲気でご来店いただけますし、おひとり様に居心地よいカウンター席もご用意しました。3世代のご家族など、あらゆる年代のお客様のお好みに合わせて、ランチ、ティー、ディナーいずれの時間帯も対応できます。「名駅に出ればイナシュヴェがあるね」と頼りにされる、そんなお店にしたいですね。
 パスタやハンバーグもありますから、小さなお子様連れも大歓迎です。特にお子さんにとって外食の幸せな経験は、一生思い出に残るもの。僕自身、幼少期に出会ったおいしいものの記憶をずっと大切にしたまま、料理作りのモチベーションにしています。

— 最後に、酒井シェフの夢や目標があれば教えてください。

 「イナシュヴェ」はフランス語で「未完」という意味。おいしさの追求は果てしなく続き、これからもまだまだ進化していくつもりです。そしてまた、未来の子どもたちのためにも、食やフレンチが“持続可能”であるよう、僕にできることは全力で取り組んでいきたいと思っています。

Profile

株式会社さかいや
代表取締役社長
オーナーシェフ

酒井 淳さん

Atsushi Sakai

ホテルニューオータニ大阪でフランス料理の修業を開始し、ロテルド比叡(京都)、DESSINER LA SAVEUR(大阪)の料理長を歴任。2007年にホテルアークリッシュ豊橋の総料理長に就任。2014年よりフードディレクターとしてレストランプロデュースを開始。2015年9月にレストランと料理教室を併設した1日1組の貸切フレンチ「サロン イナシュヴェ」を、2017年12月にフレンチ居酒屋「ラ クロワゼ」をオープン。フランス料理の域に留まらず、イノヴェイティブで体にやさしい料理を創造し、美食家たちの舌をうならせている。