— 類稀なその麗しいデザイン力は、どのように習得されたのでしょうか?

 「明治のハイカラさん」そのものだった祖母の影響で、洋服が大好きな子どもだったんです。自分が着たい洋服が見つからなければ、デパートで布地を買って来て、家政科卒の母に作ってもらっていたほどでした。
 “美しいもの”への興味は洋服だけに留まらず、高校3年の頃から、中日ビル内のスクールで油絵、アイリッシュハープ、そしてフラワーデザインを習うことに。時にはヨーロッパやアメリカ人の先生から学ぶ機会もあり、そこで「一流とは何か?」を知ることになり、衝撃を受けました。結婚後、国家資格フラワー装飾技能検定第1回目に一級を取得。その後は、食環境プロデューサーの木村ふみ先生からテーブルコーディネートを学び、青山御流二十八世家元園楽山先生に師事し、空間での「花」の在り方、効果を学びました。やはり幼い頃から、目利きの力をつけることを教えられ、“美しいもの”を作ることへの喜びを得ていたのだと思います。

— その後、なぜ三重県桑名市でフラワーブティックを始められ、どのようにフラワーディレクターになられたのですか?

 24歳で桑名に嫁いだのですが、義母もまたインテリアがとても好きな方でした。アメリカナイズされたお洒落な家だったのですが、なぜか花だけは少し古臭い(笑)。「なぜかしら?」と思っていたら、桑名の花屋さんには当時欲しいお花がなかったのです。それからは自分が活けたい花を庭で育てては、自宅の装花を私好みのデザインにアレンジしていきました(笑)。33歳から花を教えることを再開し、主人の薦めもあって、38歳で自宅の隣りに花屋「La fleur Nouveau」を開業しました。その後、フィニッシィングスクール「フェリシア」を友人が設立し、フラワーアレンジやパーティーの装花の指導をしているうちに、「ウエスティンナゴヤキャッスル」や「ミッドランド スクエア」からもご依頼をいただくようになり、店以外での活動も始まりました。

— ミッドランド スクエアのインフォメーションカウンターやいくつかの店舗をご担当されていますが、どのようにデザインされているのですか?

 お仕事をいただいた時はまず、どのようなコンセプトで、どのようなイメージをご希望なのかを、詳細にお尋ねします。
 「ヴァン クリーフ&アーペル」様の場合は、その時期に一番プロモーションされたい新作のジュエリーイメージを表現します。例えば、ピンクゴールドのエレガントなシリーズが新作でしたら、装花もピンクベースで優しい世界観を踏襲します。
 「エノテーカ ピンキオーリ」様の場合は、赤い椅子のインテリアとのバランスを考えながら、ダイニングのお客様の目隠しにもなる背丈の高さで作ります。テーブルはトーキンググッズにもなるように季節の花をあしらっております。
 「ミッドランド スクエア」のインフォメーションカウンターは、ビルの中でも季節を感じられるよう花選びをすると共に、その時に実施されているキャンペーンの色調との統一感も保ちます。いずれもミッドランド スクエアらしい“ノーブルとモダン”は、失わないように気を付けております。
 花というのは、主張し過ぎてもいけません。主役が輝くよう、その空間に合わせながら、「さりげなく、美しく、仕上げること」、それが私のデザインのモットーです。
 でも一方で、花って“フィニッシュ”だとも思うのです。最後の「花」で空間が決まる、良くも悪くも。だからこそ責任重大、そんな緊張感を持って作らせていただいています。

— 先生にとって「花」は、どんな存在ですか?また、視覚的以外にどんな力を持つと思いますか?

 花には“人を笑顔にする力”があります。お客様のお迎え花であることはもちろんですが、その場で働くスタッフの皆様にも元気を与えられる、そんな役割を担えたらと思っております。
 桑名で花屋を始めたばかりの頃、まだ社会人1年生くらいの若い男性がご来店され、「すずらんのブーケを作ってほしい」とオーダーされました。すずらんだけでブーケを作るには4万円程かかってしまう旨を正直にお話ししましたが、「それでも構わないのでお願いします」と。そして当日、約束の時間に、シンプルな白いコットンレースのドレスを着た女性と共にご来店されました。今から教会に行って、ささやかな結婚式を挙げるのだ、と。そのブーケを受け取られた女性の笑顔の美しかったこと…。
 すずらんは、彼女の大好きなお花だったそうです。私は感激してくださるお二人の様子を見て、「花屋になって良かった、これからも幸せのお手伝いがしたい」と、心から思いました。

— 2017年に「瑞宝単光章」も叙勲されました。今後、何か目標やチャレンジしてみたいことがあれば教えてください。

 長年、「フラワー装飾技能検定」の検定委員を務めさせていただきましたので、そのような叙勲の機会をいただき感謝しております。
 2016年に名古屋に泉店もオープンして、お陰様で忙しい日々を過ごしましたので、このたび、桑名店を閉じることにいたしました。少し時間に余裕もできると思いますので、また旅行に行きたいですね。世界の風景、美術館、オペラ鑑賞、一流ホテルの装花を見て回って、ウィンドウショッピングをする。美味しいお食事と出会い、美しい物を見ることで感性が磨かれると思います。
 尊敬するフローリストに、デンマーク王室御用達の「TAGE ANDERSEN」というアーティストがいます。コペンハーゲンに美術館のようなブティックがあったのですが、花という枠を超えて、花器、家具、インテリアもすべてデザインされているんです。私と同世代なんですが、彼の世界観が大好きなんです。
 今後の目標やチャレンジしてみたいことと言えば、彼のように「空間ごとデザインしてみたい」ということでしょうか。人生、死ぬまで勉強ですね(笑)。

Profile

アトリエ ヌーヴォー フラワーディレクター

佐藤 志津さん

Shizu Sato

1949年名古屋市生まれ。木村ふみ氏にテーブルコーディネートを学び、青山御流二十八世家元園楽山氏に師事。1987年、三重県桑名市に「La fleur Nouveau」をオープン。フラワーショップ経営以外にもfinishing school「フェリシア」講師や「Westin Nagoya Castle」のフラワーディレクターなど活躍の場を広げ、全国誌でも多数紹介される。2009年、「atelier NOUVEAU」に名称変更し、2016年には名古屋泉店オープン。翌2017年には瑞宝単光章を受章。ミッドランド スクエアのインフォメーションカウンターや「ヴァン クリーフ&アーペル」、「エノテーカ ピンキオーリ」などの装花も手掛ける。